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水戸地方裁判所 昭和53年(ワ)117号 判決 1981年3月13日

原告

西野進一

被告

上妻一男

主文

1  被告は原告に対し一〇〇万円及び内金九〇万円に対する昭和五三年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

4  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項について仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (交通事故の発生)

日時 昭和四九年九月一四日午後一時二〇分ころ

場所 茨城県鹿島郡鉾田町鉾田一五三五番地先路上

加害車両 被告運転の普通貨物自動車(車両番号茨四四ま四八〇一、以下被告車という。)

態様 被告車が歩行中の原告に衝突

結果 原告に頭部挫創、両側膝部、両側肩胛部、左上腕挫創を負わせる。

2  (被告の責任)

被告は被告車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条により、原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

3  (損害)

(一) 入通院慰謝料 二〇〇万円

原告は、本件事故当時満六歳であつたが、本件事故による前記傷害のため、鉾田町所在北浦病院に事故発生日から一四日間の入院と、昭和四九年九月二八日から同年一〇月四日まで七日間(治療実日数四日)の通院、さらに西茨城郡友部町所在茨城県立中央病院に昭和四九年一〇月一八日から昭和五四年一一月二七日まで(治療実日数八六日)通院を余儀なくされた。

この間、原告は筆舌に尽くせぬ程の苦痛を味わされ、殊に右期間は原告の小学校入学等知的、精神的成長にとりもつとも大切な時期でもあつたから、原告の精神的損害は金二〇〇万円を下らない。

(二) 後遺症に基づく逸失利益 二五〇一万四八〇五円

原告は、本件事故以前は極めて健康であり、知的、精神的にも通常の幼児と何ら変わりがなかつたが、本件事故により脳波に異常をきたし、右異常は現在も継続中である。このため、原告は絶えず頭痛、吐き気に悩まされて苦しんでいるばかりか、思考力、集中力、持続力を失つてしまつた。

原告は、現在小学校三年に在学するが、そのため学校生活にも重大な支障を来たしている。体育の授業は休み、遠足にも行けない。四〇分単位の授業に耐えることも全く不可能である。

原告の本件事故による後遺症は後遺障害等級第七級に相当し終生治る可能性がなく、労働能力の五〇パーセントを失つたというべきである。原告は現在九歳であり、一八歳から六七歳まで就労可能と考えられるから、昭和五一年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子全年齢平均給与額を基礎に新ホフマン係数により逸失利益を算定すれば金二五〇一万四八〇五円となる。

算式 (213,000×12)×0.5×(26.8516-7.2782)

(三) 後遺症による慰謝料 五〇〇万円

(四) 弁護士費用 二〇〇万円

本件訴訟の提起を原告訴訟代理人に依頼し、その報酬として二〇〇万円を支払う旨約した。

4  よつて原告は被告に対し右合計三四〇一万四八〇五円の内金二〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和五三年四月九日以降支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、事故の態様は否認するが、その余は認める。

2  同2の事実中、被告が自賠法三条の運行供用者であることは認める。

3  同3の(一)の事実中、北浦病院、中央病院への入通院とその期間、事故当時原告が満六歳であつたことは認めるが、その余は争う。

同(二)ないし(四)の事実は否認し、損害額は争う。

三  抗弁

1  本件交通事故が発生し、原告が加害者と損害を知つたのは昭和四九年九月一四日であるところ、原告が本訴を提起したのはそれから三年六月余経過した昭和五三年三月三〇日であるから、入通院による慰謝料請求権はすでに三年の消滅時効が完成して消滅しているので、時効の利益を援用する。

2  仮りに原告主張の後遺症が本件事故発生当時予見できなかつたとしても、原告は遅くとも昭和四九年一一月三〇日にその後遺症の発生従つてそれによる損害の発生をも確定的に知つたのであるから、右時点から三年を経過した昭和五二年一一月三〇日に消滅時効が完成し、原告の損害賠償請求権は消滅している。

四  抗弁に対する認否及び再抗弁

1  抗弁事実は否認し、消滅時効が完成したことは争う。

2  原告は本訴提起後も通院を続けていたのみならず、後遺症の内容、程度従つて損害の額を確定的に知つたのは昭和五二年一一月一九日以降であり、被告は昭和五三年三月一〇日まで病院の治療代を支払つていたから消滅時効は完成していない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は、事故の態様を除いて当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七号証の五ないし七、同号証の一一、被告本人尋問の結果を総合すれば、次のような事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  本件事故現場は、鉾田町の商店が両側に立ち並んでいる繁華街のなかをほぼ南北に走る車道幅員約五・七メートルの県道上で、右県道の両側には一ないし二メートルの歩道がある。事故当時は車の通行も多く、歩行者も大分あつた。

2  被告は被告車を運転して右県道上を時速約二五キロメートルで進行し事故現場にさしかかつたところ、道路右側の前方約一三メートルの地点に、二、三人の子供がちらちら立つているのが目に入つた。しかし、その子供達が道路に飛び出す気配を被告は感じなかつたので、その子供達から目を離してそのまま進行していたところ、右斜め前方から子供(原告)が一人小走りに飛び出し右道路を左側に横断し始めたのを約二・五メートル前方に発見し、危険を感じ急ブレーキをかけたが及ばず、停車直前に被告車側面を原告に接触、転倒させた。

二  右認定によれば、被告車が原告に接触したことは明らかであり、かつ被告が被告車を自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により原告が被つた損害を賠償すべき義務があるというべきところ、被告は原告主張の損害賠償請求権は三年の消滅時効が完成した旨主張するので、以下検討する。

原告は本件事故による傷害のため、事故当日から北浦病院に昭和四九年九月二七日までの一四日間入院、同月二九日から同年一〇月四日まで七日間(治療実日数四日)通院し、さらに中央病院に同年一〇月一八日から昭和五四年一一月二七日まで(治療実日数八六日)通院治療を受けたこと、事故当時原告が六歳であつたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証、証人山田量三の証言及びこれにより真正に成立したと認められる甲第三号証ないし第六号証、成立に争いのない甲第一〇号証、原告法定代理人西野由美子尋問の結果を総合すれば、次のような事実が認められる。

1  本件事故直後、原告の母は原告が交通事故で北浦病院に運び込まれた旨連絡を受け、直ちに同病院へかけつけ、右事故による原告の受傷状況及び加害者が被告であることをその頃知つた。原告の外傷は昭和四九年一〇月四日頃治癒したが、その後も原告が元気なく、ぼんやりしているので中央病院へ連れて行つたところ、脳波に異常があることが分つた。同病院の山田医師は、脳波の異常は本件交通事故に基づくものと診断し、放置しておくと外傷性のてんかんになつて行くおそれがあるので、けいれんを止めるための抗けいれん剤を昭和四九年一〇月一八日以降継続して投与し、原告も昭和五四年一一月二七日まで月一回程度通院している。なお、原告の脳波の異常はやや好転しているので、根気よく治療すれば正常になる可能性は十分あると思われるが、その期間については五年かかるか一〇年かかるか分らない旨同医師は述べている。

右認定によれば、原告法定代理人は本件事故発生直後に損害及び加害者を知つたものというべきであるから、右事故に基づく損害賠償債権の消滅時効の起算点は右時点から進行する。けだし、損害は抽象的には事故の発生により、その事故に通常伴うものとしてすでに発生しているものであるから、まだ数額等が具体的にきまらなくても、また治療が終つてなくても、右事故を知るとともに損害の発生も知つたものと解するのが相当であるからである。もつとも、右損害は社会通念上、不法行為当時においてその発生が当然予想される損害の範囲に限られ、右時点で予見不可能であつた損害については、その損害の発生の原因となる事実を知つた時から、別個に時効が開始すると解すべきである。

そうだとすると、原告法定代理人は本件事故による外傷については、事故当時、また脳波異状による後遺症については事故当時予想できなかつたとしても、少くとも昭和四九年一〇月一八日頃その発生を知つたものというべきであるから、記録上明らかな本訴提起の日である昭和五三年三月三〇日にはすでに三年の消滅時効が完成したことになる。

三  原告は本訴提起直前の昭和五三年三月頃まで被告の方で治療費を支払つていたから、右時効は中断した旨主張するものの如くである。そして原告法定代理人西野由美子尋問の結果によれば、右支払の事実が認められる。そうだとすると、被告は前記後遺症に基づく治療費についてはその支払義務を昭和五三年三月頃承認していたものと認められるから、後遺症に基づく損害賠償債権について消滅時効は中断されたというべきである。

以下右観点に従つて損害額について検討する。

(一)  入通院慰謝料

本件事故当時予想された損害の範囲に含まれるから、時効により消滅したことになる。

(二)  後遺症に基づく逸失利益

前記認定の原告の年齢、医師の診断、治療状況を総合すれば、原告が通常の稼働可能年齢である一八歳に達した後も、脳波異常に基づく後遺症が残存しているとは認め難く、それまでには回復の可能性も充分考えられるので、右後遺症による労働能力の喪失を前提とする逸失利益は認め難い。

(三)  後遺症による慰謝料 九〇万円

成立に争いのない甲第八号証の一ないし四、証人小貫武夫の証言、原告法定代理人西野由美子尋問の結果を総合すれば、原告は事故前は身体も丈夫であつたが、本件事故後は気分や食事もむらとなり、入梅時とか気温の高いときは特に調子が悪く、学校も欠席が多く、その成績も弟等とくらべて特段に悪く、集中力に欠け評価一が殆んどで、クラスで一番成績が悪いこと、水泳等過激な運動ができないこと、これらは脳波異常に基づくのと推認するに難くないことが認められる。これらの事情に本件事故の態様、治療状況を総合すれば、後遺症に基づく慰謝料は金九〇万円が相当であると認める。

(四)  弁護士費用

認容額、訴訟追行の難易等をしんしやくして金一〇万円を、本件事故に基づく後遺症損害と相当因果関係のある損害と認める。

四  よつて原告の本訴請求は、金一〇〇万円及び弁護士費用を除く内金九〇万円に対する訴状送達の翌日である昭和五三年四月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早井博昭)

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